曼荼羅の授業が面白い
友人の誘いで、
通信制の高校に曼荼羅の授業を担当させていただいています。
子どもたちの変化が毎回びっくりします。
はじめはダルそうにして
居眠りをしてみたり、手が止まっていた子
声をかけてもうなづくしかしない子
初めから楽しそうにしている子
最後まで描けない子
さまざまでした。
しばらくこれはかかるなぁ?
週一回やることがいいことなのか?
週一回しかできないと思うのか?
週一回でできることは何か考えていました。
私の中のルールで一つ作品を終えたらいい。
例えば途中?とこちらが思うことも
今日はこれで良い!と言えたら
それは完成でも良いこと
これを目標にと思っていました。
なので劇的な変化ではなく緩やかな変化で良いと思っていました。
一年かけて変わったらいいなぁ
最後までやれることや、
曼荼羅は失敗はなく最後までできるので
達成感を何回も経験して欲しい。
私のエゴなのですがそんな思いがありました。
ところが、ここ数回の授業は
いい意味で私を裏切ってくれる子たちばかりです。
作品に自信がつき
線が太くなるこ
9センチの紙から始まり
10センチ12センチ15センチと選んで進めてもらうと、大きな作品を描こうとする子
最後までいつも描けない子が
色んなペンを使いぼかしを表現したり、
枠からはみ出て進める子
今日は曼荼羅の気分でなくても
紙をそっと近くに置いて置くと
ペンを走らせ面白い絵が描けたという子
ペンを全色使って表現する子
びっくりする作品ばかりになりました。
お部屋の空気も軽くなり
楽しそうにしてます。
ひとつ作品をやり遂げる
やり遂げることのできない大作もあるけど
ここまでと提示した部分まで
やり遂げる。
本当に素晴らしいです。
そして、
はじめは
居眠りをしてぐたーっとなっていた子や休み時間のゲームがなかなか、終える事のできない子、それを少し注意するが干渉な部分がでる子もいてなんとなく、場面を切り替えないといけないなんとなく重い空気が
今は
授業の準備も座って待っていてくれるのがもう嬉しくて🤗
繰り返し行う事の大切さ
待つことの大切さ
やり方がわからなければそれを提示することや、小さなルールのようなものをクリアする大切さ。
わからなければ、
何でつまづいているのか?
何か気持ちの問題なのか?
それとも他に原因があるのか?
どうしても、
大人は自分の価値で動くことがある。
そしてそれに沿わせたいことも
また、発達障がいだからといってわからないと決めつけてしまう大人もいる。
いつも思う。
【発達障がいだからね…。】
その言葉を聞くと個人的には
私は【だから?】と思う。
批判されてしまうかもしれないが
(もちろん障がいの重さにもよるのだが)
発達障がいだから
わからないではなく
最低のルールは守らせないと
結局大きくなって困るのは本人。
そして、大人が力で抑えられなくなったり、
子どもの可能性だったり、選択肢を狭めてしまうのでは?
子どもの時の関わりで左右するのではないか?
負のループになる前に、ゆっくりでも良いので良い関わりができたらいいですね。
曼荼羅アートの授業で
子どもたちをみていて色んな気づきがありますね🥰
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